こんにちは

風林火山商店街 火 担当 水川千春です

普段、水ちゃんと呼ばれているのに、「火」なんです。水から炙り出します。
チーム風林火山の4名は、最初、シャレのような感じで命名されたはずなのに、今や、風、林、山、共にそれぞれに合った名前だなとほんと思う。

2013年からの、こうふのまちの新たな縁故節。私、実は、風林火山商店街プロデュースで始まったこの盆踊り、まだ1度もその祭り本番に居たことがない、という、ててて! びっくりぽん。火という名前のとおり、祭の本番は、実体なく、熱量だけ存在するような、そんな感じでおります。


そんな中で、
縁故節の中に出てくる、弁天さんの台詞、というのを、毎年言わせてもらってました。
弁天さんについて詳しくはこちら→  http://kofuart.exblog.jp/20506811/

最初の年、

「おれは、お空に昇るじゃ
しちよのおっさんと一緒に歩くじゃ
ふうー  世は変わった。
世は さかしまになった。
さかしまの世で、生きなさい。」

という台詞でした。

はじめの年の台詞は、昔のもともと弁天さんの台詞に、最後の一行が増えたもの。

次の年に、この台詞が、変わりました。

その時も、私はやっぱり祭本番そこに実体はなく、誰にも会うことなく、この台詞だけで参加したのですが、
ちょっとここに、なんとなく、
少し書き残させてもらておこうかな、と思って、、あの、いいですか?  風林山、いいかな?(あとで読み返したら、めちゃ長文なってました、ごめんなさい!)


翌年に変わったこの台詞は、
最初の年の風林火山の4人で体験した、めくるめく奇跡的な美しい共有時間とはまた違い、
自分1人で体験した時間を元に、やってきた台詞でした。

この年、私は、出産をしまして。そしてそれは、妊娠中なんども病院に運ばれ、重なる病気併発、母子共に危険になり、最終的には血圧170超え、母体がもたず胎盤がはがれ大量出血、からの、緊急オペ、という命がけのものでした。子も2ヶ月早く出てきてすぐNICUに入り、入院していたのですが、ありがたく母子共に命を助けていただきました。

これまで当たり前にあって、当たり前に迎えられるものと思っていた、
産まれる、ということ自体が、奇跡だったんだと、知りました。

そして、運ばれた病院が、モンゴルから心臓手術をしにきた家族だったり、全国からヘリコプターで小さい子供たちが治療に来るような、こども病院で、

毎日通う、娘のNICUの病室は、お母さんの胎内みたいに少し灯りをおとしてあって、そこに、たくさんたくさん小さな命が、それぞれ生きようと懸命に頑張っている、部屋でした。
お母さんのお腹からはやく出てきたり、いろんな小さな人たちが、外で生きていくために、そこで懸命に、確かに、生きている、部屋でした。


娘は、1400g代で産まれて、本来ならまだ胎内、という時期に外の世界に出たので、そこで会った娘の手足の動きは、まだ胎児の時代の動き。なんというか、宇宙の中で、まだ個別や境界のない、その水のような不確かな場所に触れる手や足が、世界をたしかめながら知っていくような、
それは、本当に美しい、踊り のようでした。

娘の呼吸も不安定な時期で、心もとなく、自分も命からがら、これまでの人生で一番最底辺の体力で生きていた時だったけど、


魂が、世界にふたたび触れるような、小さな命の、懸命に踊るような、その病室の部屋から出て、
自分の宿まで、夜中に歩いて帰る、帰り道。
暗い空に、雲がうごいていて、風が吹いていて、巨大な夜空につつまれるような夜、

昔は暗かった夜道は 電気がついていて、近代的な病院の建物に、町の民家の灯り、それは、良くも悪くも、まぎれなく自分も生かしてもらった現代の光、そして、昔から変わらずつづく星の光、

弁天さんの言葉を思い出しました。


よはさかしまになった。


それでも、ここで、踊りなさい。

と、思いました。

自分も、子も、みんなも、生きてゆきたいし、生きててほしい、と、まっすぐ思いました。

それで、この世界で、
みんなで
踊ればいいと


そして
その年、

「おれは、お空から来たじゃ
しちよの川からみていた
ふうー  世は変わった
世は さかしまになった。
それでも、ここで、ここでみんなで、
踊りなさい」

縁故節の中の弁天さんの台詞は、こうなりました。

とっても個人的な体験から来たこの台詞を、風林火山のメンバーが、一緒に体験したように、さらにアレンジした縁故節に入れてくれました。
(もともと即興で歌われていた縁故節は、毎年、歌詞も変わります。)


その年々の歌詞で、その時々の出会いで、それぞれの個人の思いが集まって、そのときの縁故節が
踊られていきます。

こんな素敵な盆踊りがあって、こうふはいいな。同じような、盆踊りが、日本各地にあったんだろな


今年は、春の、えんこぶし。

どんな渦になるか楽しみです。

昔は、かけ合いで歌ったり、その時の返事の歌詞を、また即興で返したり、していたそうですよ。

私は、今回も、本番は会場に居ません(またー!!)。

(すみません、遠くに居て、赤子連れで無理めの移動、強行突破しよかと思ったけど、やめました。めちゃ行きたいけれど)

でも、思いを送ります!
歌詞です。

今年の歌詞。昨年の詞からまた、この春は、遠くの町や、会ったことない家族や、知らない国に、向いています。そこにもあるだろう、命や暮らしに向いて。
変わらず大好きな、こうふで出会った人達にも向いて。


ぜひ、こうふで縁故節の本番に行ける方は、踊りにきてみてください
歌詞をつくって、ごみちゃんに出してもいいし、自分で歌ってもいいです。
きっと、楽しいと思う。


めずらしく個人的な思いをブログに書いちゃったし、しかも長文すみません。
大切な縁故節の中に、入れさせてもらった台詞だったので、ここで話させてもらいました。
読んでもらって、
ありがとうございます。

さいごに、
冒頭の写真は、インドのお祭りの絵です。
大好きな絵。インドのワルリ画で、ここでも、丸く円になって、渦になって、音楽と、踊っております。
輪の外には、カップルが出来てたり(お祭りの夜らしいよね)、神様がいたり、なんか食べてる人いたり、妖怪みたいなのいたり、してる。

盆踊りと一緒ですね。


あの世とこの世、過去と今、人と人(自然や人じゃないものも)がまざって、
思い考えながら、輪になって、踊るって、この世界 だな、と思った。

そこに、歌うってことが入ってるのが、ほんといいよなーって
思います。



明日のブログは、
チーム風林火山の白一点・山 担当の
山中カメラさんだよ〜

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